矢田寺の地蔵尊「地獄地蔵」

~京都の怨霊・魔界・百鬼夜行を伝説とともに歩く~矢田寺の地蔵尊「地獄地蔵」

矢田寺の地蔵尊「地獄地蔵」

朱雀大路の南端、羅城門。
今ではその名残の跡もなく「羅城門跡」という石碑のみ、
わずかに九條通りに面して所在を示し、
その目の横断陸橋の北のわずかな地に古いお堂が有り。
それが矢取地蔵さまのお住まいです。
京に都が移された時より護国寺として、
大路をはさんで東に「東寺」西に「西寺」と建てました。

東寺はご存じ、空海の弘法さん、西寺は守敏大師という高僧が受け持ちました。
時は天長元年夏頃、天候不順が起こり雨が降りません。
ただでさえ京都は盆地ですので蒸します。農民は大弱り、
毎日、雨乞いが続けられました。
天皇は民の苦しみを案じ法力の高い守敏と空海に降雨の祈祷を申しつけました。
まず最初に祈祷したのは守敏。
でも、法力は天に通じないのか雨は降らず十七日間、
雨のかわりに降ったのは、守敏のひたいの汗だけでした。
いよいよこんどは空海の登場。
もし降れば守敏の面目は丸つぶれ。
守敏は卑怯にも、雨の源{龍神}を封じ込める祈祷ををして対抗しました。
しかし空海少しも騒がず、龍神解放の祈祷をすると龍神は天に登り、天にわかに曇り
恵みの雨が降り、農民は大喜び。
喜ばないのは空海に面目をつぶされた守敏です。
「空海のヤッめ、よくも恥じをかかせおったな。この怨みいかに、はらさでおくものか」
なんと、高僧知識の身でありながら機をうかがい、
羅城門の近くを通る空海にうしろから矢を放った。。。。
空海に矢が当たっかと思われた時、
何処ともなく1人の僧が現れてその僧の肩に矢がブッツリ!
空海、何もしらず通り過ぎます。
この身代わりに立ったのは、 実は僧でなく地蔵尊。
お地蔵さんの肩に当たりました。
人々はこの地蔵尊を、堂を作り安置
庶民の災難を救ってくれた空海を守ってくれた地蔵さんとして、今にいたり、香華たえず。
今でも右肩に矢傷のあとが残っていると言う。



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