別れを惜しむ心が「負別阿弥陀仏」

~京都の怨霊・魔界・百鬼夜行を伝説とともに歩く~別れを惜しむ心が「負別阿弥陀仏」

別れを惜しむ心が「負別阿弥陀仏」

「お忙しいだろうが、ひとつりっぱな阿弥陀仏像をつくっれくれまいか」

鎌倉時代の大仏師快慶(安阿弥)のもとに、東北の僧(山形県寒河江市・慈恩寺の僧覚長)が訪れた。

快慶は、遠方からわざわざやってきた僧の求めに、快く引き受け、一年後に取りにくるよう約束した。

快慶は、あの豊かな人情味をたたえた高僧との"約束"をたがえてはならぬ、と心に決め、暇をみては必死の思いで仏像を彫り続けた。

百二十日。

快慶は、そのスピードと同時に仏像の出来ばえに驚いた。

「これは生きておる。あの高僧の魂が、それともわたしのが・・・・」

「これを他人に渡すのはしのびない」

それからの快慶は、自分のつくった仏像にとりつかれ、朝夕、その前にぬかずくようになっていた。

約束の日、東北の僧がやってきた。

「いや、申し訳ないが、まだ出来ていません」

快慶は、ついうそをついて僧を追いはらってしまった。だが、しばらくして高僧がまたやってきた。

快慶は悩んだが、もはやどうすることもできない。

「実は、この前、来ていただいた時にできていたのです。精進してつくった像と別れるのがつらくて・・・・」

快慶は心の内をうち明けて、許しをこい、泣く思いで像を手離した。

高僧は像を笈(おい)に大事におさめ、さっそく東に向けて帰っていった。

が、快慶は仏像とわかれがたまらず、すぐ僧を追いかけた。

山科の里で追いついた快慶は

「どうしても気がおさまらない。もう一度仏に別れを・・・」

と僧にたのんだ。

最後のわかれを、と笈の扉を開けると、不思議なことに仏像は分身して二体となっていた。

快慶と僧はともに感激の涙を流し、一体ずつをそれぞれ背負って東西にわかれた。

僧が持ち帰ったもう一つの像「笈分如来」は仙台市泉区にある。



京都百鬼夜行魔界案内書について

ページの先頭へ
トップに戻る
友達に教える


(C)京都百鬼夜行魔界案内書